大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)1255号 判決 1973年8月06日
控訴人
京都府商工共済事業協同組合
右代表者
山村謙一
被控訴人
株式会社大正相互銀行
右代表者
中川善一
右訴訟代理人
北村巌
外四名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の予備的請求を棄却する。
当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「一、原判決を取り消す。二、被控訴人は控訴人に対し金一四六万九、六四五円と内金八六万九、六四五円に対する昭和四六年二月一四日以降、内金六〇万円に対する同月二三日以降、各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。四、この判決は仮に執行することができる。」旨の判決を求め、
被控訴人は主文同旨の判決を求めた
当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠関係は、つぎのとおり追加するほか、原判決の事実欄の記載と同一であるので、右記載をここに引用する。
控訴人は、予備的請求原因として、
「被控訴銀行の主張によれば、被控訴銀行は、本件相殺当時、訴外株式会社山新に対し手形買戻請求権一〇三八万八、九二六円(訴外山新が被控訴銀行から割引を受けた第三者振出の手形五五通額面合計一〇四三万〇、五七七円に利息二万八、六九八円を加え、戻利息七万〇、三四九円を差引いた額)を有していて、右債権と訴外山新の被控訴銀行に対する預金債権元利合計九〇〇万三、五六一円とを対当額につき相殺したと言うのであるから、右相殺当時、被控訴銀行は訴外山新に対する右手形買戻請求権の担保として第三者に支払い義務ある手形五五通額面合計一〇四三万〇、五七七円を保有していたわけである。しかるに、被控訴銀行は、控訴人が訴外山新の被控訴銀行に対する前記預金債権を仮差押えした後に、これら手形の支払義務者である第三者から手形金の支払いを受けることなく、先づこれら手形の買戻請求権と右預金債権とを対当額について相殺し、その後に残余の債権のみについて手形金の支払義務者である第三者から手形金の支払いを受け、右預金債権額に相当する額の手形五二通額面合計九〇二万四、九八二円を訴外山新に返還し、訴外山新に対して第三者に対する同額の手形債権を取得させると共に、他面において前記預金債権に対する控訴人の仮差押えを失効させた。控訴人は被控訴人の右相殺は無効であると信ずるものであるが、仮に右相殺が有効であるとすれば、被控訴銀行の右行為は控訴人の損失において訴外山新を利得させる行為に外ならないので、結局被控訴銀行は故意又は過失によつて不法に控訴人の権利を侵害し、控訴人に対し本件仮差押えの請求金額一四六万九、六四一円およびこれに対する各仮差押えの日の翌日以降完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金に相当する額の損害を被らせたことになる。よつて、被控訴銀行に対し、右損害の賠償を求める。」
と述べ、
被控訴銀行は、
「一、本件相殺の自働債権のうち昭和四五年一二月三〇日訴外山新が京都手形交換所において取引停止処分を受けた時までに期限未到来のものについては、被控訴銀行と訴外山新との間の金融契約の取引約定により、訴外山新は右取引停止処分の時に遡つて被控訴銀行に対しその割引を受けた手形全部の買戻義務を負うことになつたし、また同受働債権中右取引停止処分のあつた日に期限未到来の定期預金債権については、被控訴銀行は同日をもつて期限の利益を放棄し、普通預金および別段預金については期限の定めのない債権に当るので、控訴人が取引停止処分を受けた時をもつて、前記自働債権も受働債権も全額互いに相殺適状にあつたものである。
二、被控訴銀行の本件相殺は銀行業務の通常の慣行に従つた適法な業務行為であるので、なんら違法性なく、控訴人に対する不法行為に当らない。すなわち、訴外山新が被控訴銀行から割引を受けた手形のうち、昭和四五年一二月三〇日訴外山新が京都手形交換所において取引停止処分を受けた日から昭和四六年二月一八日の相殺の日までの間に支払期日の到来した分については、手形債務者により決済された割引手形もあり、この分については訴外山新の預金債権と相殺していないし、また、右期間中に支払期日の到来したその余の一四通の手形はいずれも不渡りになつたので、被控訴銀行は当然に訴外山新の預金債権と相殺することができる。
また、右相殺日までに期限未到来の各手形については、被控訴銀行としてはその手形債務者から決済を受けられる可能性が確実でないと考えていた折から、訴外山新の代表者が訴外前田某と同道して被控訴銀行を訪れ、訴外前田から被控訴銀行に対して、被控訴銀行の訴外山新に対する債権と訴外山新の被控訴銀行に対する預金債権とを相殺して被控訴銀行の訴外山新に対する債権に未払残額があれば、訴外前田において訴外山新に代位して弁済すると申入れたので、被控訴銀行は訴外前田の右申出に応じ、当時支払期日既到来の手形中不渡りとなつた手形および支払期日未到来の手形の買戻請求権と訴外山新の預金債権とを対当額につき相殺し、訴外前田から残余の債権の代位弁済を受けたものである。
一般に、銀行から手形の割引を受けた債務者が支払停止処分を受けた場合には、銀行は、その債務者の預金とその債務者に対する手形割引などによる一切の融資残額とが相殺適状にあるときは、割引手形の支払期日が未到来の分についても相殺するのが通常の銀行業務のやり方であつて、割引手形全部の期日の到来をまつて始めて相殺をするものではない。殊に、債務者または債務者に代位して弁済をしようとする者から右相殺の申入れがあつたにもかかわらず相殺を拒絶すれば、銀行は利鞘を稼ぐために相殺を故なく拒否したとして右債務者等から責任を問われるおそれがあるので、銀行としては右相殺の要求を拒否することはできない。
以上の説明で明らかなように、被控訴銀行としては通常の業務慣行に従つて業務を処理したに適ぎず、故意に控訴人に損害を与える意図で本件相殺をしたのではないので、右相殺は控訴人に対する不法行為には該当しない。」
と述べた。
理由
一控訴人の主位的請求原因について
債権の仮差押えをした債権者は、仮差押えの請求債権について判決等による債務名義を得た上で、右仮差押えを本差押えに移行し、差押え目的債権の転付命令または取立命令を得た後において、はじめて第三債務者に対して右差押えの目的債権の請求をすることができるのであつて(もつとも、債権者が債務者から仮差押えの目的債権の譲渡を受ける等、実体法上目的債権を取得したり、目的債権につき質権を有する等その取立権を有したりする場合には、第三債務者に対して右債権を請求することができるのは言うまでもないことである。ただ、この場合には、右債権について第三債務者に対する債務名義を得てこれに基づいて第三者に対して強制執行をしても、右強制執行と先の仮差押えとは関連のない別個の執行手続である。)、これら手続を経由することなく、ただ単に債権の仮差押えをしたと言うだけでは、仮差押え債権者が仮差押えの目的債権を実体法上取得した事実や目的債権を第三債務者から直接に取立てることができる特別の事由もないのに第三債務者に対して仮差押えの目的債権の支払いを求めることはできない。
控訴人の本件主位的請求原因は、控訴人の訴外山新に対する金銭債権に基づいて同訴外会社の被控訴銀行に対する預金債権を仮差押えをしただけで、未だ右仮差押え請求債権について債務名義を得た事実も、目的債権についての転付または取立命令を得た事実もないのに、債務者山新に代位して第三債務者被控訴銀行に対して預金債権の払戻しを求めるものであつて、控訴人が右目的債権を取得した事実も、また第三債務者である被控訴銀行から直接に同債権を取立てることのできる特別の事由あることも主張していないから、その主張自体失当で、事実関係について審理するまでもなく棄却を免れない。
控訴人は金銭債権の債権者が債権者代位権に基いて債務者の第三債務者に対する金銭債権を取立てることができる旨を主張しているが、債権者代位権に関する民法の規定の趣旨に反する独自の見解であるので、採用しない。
二控訴人の第二次的請求原因について
(一) 本件の事実関係
控訴人が、訴外山新に対して金一四六万九、六四五円の為替手形金債権を有するとして、右債権保全のために、右訴外会社が被控訴銀行に対して有する預金債権九〇〇万三、五六一円に対し、(一)昭和四六年二月一三日右訴外山新に対する債権のうち金八六万九、六四五円を請求債権として、次いで、(二)同月二二日右債権のうち金六〇万円を請求債権として、それぞれ仮差押えをしたこと、(右日付はいずれも仮差押命令が第三債務者被控訴銀行に送達された日)訴外山新が当時被控訴銀行に対して右金額の預金債権を有していたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、訴外山新が右各仮差押日に先立つ昭和四五年一二月三〇日京都手形交換所において取引停止処分を受けたこと、被控訴銀行が、前記(一)の仮差押日より後で(二)の仮差押日より前の昭和四六年二月一八日、訴外山新に対して前記取引停止処分の時をもつて期限の到来した総額一〇三八万八、九二六円の手形買戻請求債権があるとして、右債権と訴外山新の被控訴銀行に対する前記預金債権とを対当額について相殺する旨の意思表示を訴外山新に対してしたこと、被控訴銀行が訴外山新との間に手形割引、当座貸付契約を締約にし、右契約に基づいて訴外山新に対して第三者振出に係る手形を割引く方法により金員を貸付け、前記相殺の意思表示をした当時、第三者振出の手形五五通額面合計一〇四三万〇、五七七円を割引いたことによる元利合計金一〇三八万八、九二六円の債権を有していたこと、右貸付契約中には訴外山新が取引停止処分を受けたときには、当座貸付契約の解約その他被控訴銀行の側における何らの意思表示を要せず、訴外山新の仮控訴銀行に対するすべての債務は当然に且つ直ちに期限が到来する旨の約定があつたこと、被控訴銀行が訴外山新のために割引いた手形五五通はすべて第三者振出しに係る約束手形であつて、そのうち二通額面合計六六万円は訴外山新が取引停止処分を受くる以前に既に支払期日が到来していて、一二通額面合計三三三万七、〇九五円は被控訴銀行の相殺の意思表示当時既に支払期日が到来していて、その余の手形四一通額面合計六四三万三、四八二円についてはその支払期日が右相殺の意思表示の日より後(最も遅いもので同年五月一一日)に定められていたこと、被控訴銀行は、訴外山新およびその委託を受けた訴外前田某の申出により、訴外前田から、訴外山新に対する手形買戻請求債権と訴外山新の預金債権とを対当額につき相殺した結果残つた訴外山新に対する金一三八万五、三六五円の弁済を受け、これと引換えに、訴外山新に対する貸付金の担保として被控訴銀行が保管していた第三者振出の手形五五通を訴外前田を通じて訴外山新に返還したこと、以上の事実が認められる。
(二)、手形貸付債権と銀行預金債権の相殺についての慣行
銀行の業務処理の慣行として、銀行から手形貸付を受けた者(以下債務者と言う)が、他から差押えを受けたり、手形交換所から取引停止処分を受けたりするなど、不履行のおそれがある事態(以下取引停止処分等と言う)が生ずると、銀行は、取引約定書の約定に基き、債務者に対する手形貸付債権と債務者の預金債権とを取引停止処分等の発生した時に遡つて相殺適状にして、右両債権を相殺するのが通常である。そして、この場合、債務者が他から預金債権の仮差押えや差押えを受けると、銀行は、往往にして、右手形貸付債権について担保として第三者引受けに係る為替手形や第三者振出しに係る約束手形であつて支払期日未到来のもの(以下第三者引受、振出しの満期未到来の手形と言う。)を保有している場合にも、前述のように、債務者に対する貸付債権と債務者の預金債権について債務者の取引停止処分時に遡つて効果を生ずべき相殺をして、担保として保有していた手形を債務者に返還し、これによつて、差押(又は仮差押)債権者の損失において、或いは債務者に同手形債権を取得させ、或いは手形債務者に手形上の債務を免れさせ、債務者や手形債務者を利得させている。そして銀行の右顧客優遇策は、近頃では、被控訴銀行の主張するところによれば、銀行の業務処理上の慣行に近いものになつている。
(三) 第三者引受、振出しの満期未到来の手形で担保されて手形貸付債権と預金債権の相殺の効力について
しかし、右被控訴銀行の主張する慣行は著しく不公正で、相殺の効力を生じない場合があると考える。すなわち、銀行の手形貸付債権の債務者が取引停止処分等を受け、その後債務者が他の債権者から右銀行における預金債権の仮差押え又は差押え(以下差押えと言う)を受け、その後に銀行が右手形貸付債権と債務者の預金債権について取引停止処分等の時に遡つて効果を生ずべき相殺をした場合に、銀行が右手形貸付債権の担保として右貸付の際に割引いた第三者引受、振出しの満期未到来の手形を保有しているときは、右相殺の効果は満期後に通常の手形決済手続によつて弁済を受けることができなかつた手形金債権額に相当する手形貸付債権のみについて生じ、銀行が右手形を満期後法定の期間内に支払場所に呈示する等の手形債権の保全、取立ての手続を懈怠したときには、その手形によつて担保される手形貸付債権については相殺の効果は生じないと解するのが相当である。その理由はつぎのとおりである。
(1) 抵当権付債権については、民法三九四条は、抵当不動産の代価をもつて弁済を受けることができない債権の部分についてのみ債務者の他の財産をもつて弁済を受けることができること、および、抵当不動産の代価に先立つて他の財産の代価を配当すべき場合には、右抵当権者以外の各債権者は抵当権者に配当すべき金額の供託を請求することができる(右請求は他の財産の競売代金の配当の際に配当異議の方法によつてされるのが通常である。)旨を規定していて、右抵当権付債権に関する法理は他の物的担保付債権についてもその類似の限度において遵守されるべきものである。そして、手形貸付債権の担保として銀行の保有する第三者引受、振出しの満期未到来の手形は物的担保に準ずるものであり、右手形をもつて担保される手形貸付債権と預金債権とを手形の満期前に相殺する銀行の行為は、物的担保付債権に付き担保の代価をもつて弁済を受ける以前に、債務者の他の財産から弁済を受けるものに外ならないし、預金債権に対する差押えは右相殺に対する関係において競売代金の配当手続における配当異議に勝るとも劣らない制限的又は禁止的効力を有すべきものであるから、前述の法律関係の下における相殺は担保手形が満期後において通常の手形決済手続により弁済を受けられなかつた額に相当する額の手形貸付債権についてのみ効果を生ずると解するのが相当であること、
(2) 銀行と手形取引契約を結んだ債務者と銀行との間の金融関係においては、銀行が手形割引により取得した個個の手形とその手形割引により生じた手形貸付債権とが一対一の担保関係に立つのではなく、債務者が差入れた物的担保や預金その他の銀行に対する債権の全体が債務の全体と担保関係に立つている。しかしながら、銀行が債務者に対し第三者引受、振出しの満期未到来の手形によつて担保されない他の債権を有する場合には、先づその債権と債務者の預金債権が対当額において相殺されることになるし、右手形によつて担保される債権についても、相殺は取引停止処分の時に遡つて効果を生ずるから、設例の場合には、相殺が手形の満期後通常の手形決済手続により弁済を受けることができなかつた手形債権に相当する額の手形貸付債権についてのみ生ずることにしても銀行は少しの損害も被らない。これに対して、預金債権の差押えにもかかわらず、右相殺の効果が手形の満期後の決済をまつまでもなく直ちに手形貸付債権の全額について生ずると解する場合には、手形貸付債権を担保していた手形は債務者に返還され、預金債権の差押え債権者の損失の危険において故なく債務者や手形債務者が利得すると言う公正と信義にもとる結果を生ずる、したがつて、設例の場合に限り、銀行の手形債権とその貸付により銀行の取得した第三者引受、振出しの満期未到来の手形との間に一対一の担保関係を認め、手形の満期後手形の通常の決済手続により弁済を受けられなかつた限度においてのみ相殺の効果を生ずるとしても、公正の維持、弊害の防止に役立ちこそするが、条理にも反しないし、弊害を生ずるおそれもないこと、
(3) 銀行は、貸付債権と債務者の預金債権を相殺して手形貸付債権が消滅した後でも、右債権を担保する第三者引受、振出しの満期未到来の手形を所持している場合には、債務者のために善良な管理者の注意義務をもつて、手形を保管し、その法定の呈示期間内に支払場所に呈示する等、手形債権の保全、取立てをする業務上の義務を負つている(商法五九三条参照)のであつて、債務者の他の債権者が債務者の預金債権を差押えた後に銀行が右相殺をした場合には、(1)で述べた法理により、銀行は右差押債権者に対しても右債務者に対すると同様の義務を負うものと解することができる。したがつて、銀行が右義務に違反して手形を債務者や手形債務者に返還する等手形の所持を失つた場合や、手形を法定の呈示期間内に支払場所に呈示しない等、手形債権の保全、取立を懈怠した場合には、差押債権者に対する関係では、右手形貸付債権を自動債権とする相殺は、その効果を生じないと解するのが相当であること、
(4) 被控訴銀行は債務者等から相殺の申出があつたときには、設例の場合にも相殺の効果を生ずる旨を主張するが、債務者の預金債権が差押えられた後には、右預金債権を自働債権とする相殺は許されないので、被控訴銀行の右主張は採用しない。
(四)、本件相殺の効力について
前認定の本件の事実関係によると、昭和四六年二月二二日の控訴人による訴外山新に対する金六〇万円の債権を請求債権とする訴外山新の被控訴銀行に対する預金債権の仮差押えは、被控訴銀行が訴外山新に対し、手形貸付債権を自働債権、右預金債権を受働債権として相殺する旨の意思表示をして、右預金債権が消滅した後の仮差押えであるので、目的債権を欠き、仮差押の効力を生じない。
しかし、同年二月一三日の金八六万九、六四五円を請求債権とする右預金債権に対する仮差押えは、被控訴銀行の訴外山新に対する相殺の意思表示より以前にされたから、その当時仮差押えの効力を生じたが、その後同月一八日、被控訴銀行は訴外山新に対する総額一〇三八万八、九二六円の手形買戻請求債権を自働債権として訴外山新の被控訴銀行に対する預金債権九〇〇万三、五六一円と対当額につき訴外山新が取引停止処分を受けた日である昭和四五年一二月三〇日に遡つて相殺の効果を生ずべき相殺の意思表示をした。しかし、被控訴銀行の訴外山新に対する手形買戻請求権の前身である手形貸付債権は全部第三者振出に係る約束手形を割引した債権であつて、銀行はその担保として右手形を所持していて、しかも、右相殺の意思表示当時、右手形五五通のうち既に満期の到来していた手形一四通額面合計三九九万七、〇九五円を除くその余の四一通額面合計六四三万三、四八二円は満期未到来の手形であつたにもかかわらず、被控訴銀行は前記手形買戻請求債権が一部訴外前田の代位弁済により消滅したほか、残余は預金債権との相殺により消滅し、これら手形の被担保債権は全部存在しないに至つたとして(右被控訴銀行主張の相殺によれば、満期未到来の手形をもつて担保された債権と相殺された預金債権の額は五〇〇万六、四六六円となる。)、前記手形五五通全部を訴外山新と訴外前田に返還したのであるから、(三)で述べた理由により、訴外山新の被控訴銀行に対する預金債権のうち控訴人の前記仮差押の請求債権額に相当する額については、未だ相殺の効果を生ずるに至つていないと言わねばならない。
(五) 控訴人主張の不法行為の成否について
以上の理由により、控訴人の昭和四六年二月一三日の仮差押えの関係については、仮差押の目的である預金債権は現在においても未だ消滅していないので、控訴人は被控訴銀行の相殺によつて何らの損害も被つていないし、また、同月二二日の返差押えについては仮差押えの効力が発生するに至らなかつたので、控訴人は元来侵害されるべき権利を有していないから、被控訴銀行の不法行為により控訴人が権利の侵害を受けた旨の控訴人の主張はすべて失当である。
三結論
よつて、控訴人の本訴請求はいずれの請求原因によるものも失当として棄却を免れないものであつて、これと同旨の原判決は相当であるので、控訴人の本件控訴を棄却し、民訴法三八四条八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(長瀬清澄 岡部重信 小北陽三)